約束のコンサート(吉田拓郎氏の復帰に寄せて)



毎年この時期になると、僕は決まって見る夢がある。

満員の観客を前に歌おうとするのに声が出ない。

必死に声を出そうとするのに全く音にならない。

そのうち実際に声を出して、その声に驚いて汗びっしょりで目を覚ます!!

恐ろしい夢だ!!

昨夜のスーパーテレビ(日テレ系列)で、吉田拓郎氏の肺癌からの復活ドキュメントを放送してた。

肺癌で片肺の1/5を切除することが、歌手にとってどれほど厳しい状況であるかということは、僕にも容易に想像できる。

肺活量が落ちるのはもちろん、咳き込みやすくなることも、歌を歌うのには致命的と思われるくらい苦しいはず。

退院後初のボイストレーニングの模様なんて、僕は涙無しでは見られなかった。

何十年も当たり前に歌い続けてきた歌が歌えない。

いつものように何気なく出そうとした音が出ない。

「もう少し力強く息を出せば……」って、いくら強く声を出そうとしても全く音にならない……!!

正にあの夢と同じ!!

声にならない声を何度も出しては、自分の耳に聞こえる情けない声に気力が萎えていく!!

歯痒くて・クヤシくて・情けなくて・・・・・。

拓郎さん解る! 僕にはすごく解るんです!!

僕は以前原因不明で声が出なくなり、半年ほど全く歌が歌えなくなったことがある。

一口に「声が出ない」といってもその状況は千差万別で、声帯などの発声器官に炎症等の病変が在って声がかすれて出なくなる場合や、神経や筋肉の機能不全によって声が出なくなる場合などいろいろある。

僕の場合は東京の有名な咽喉科の先生の診察でも原因が全く解らなかった。

症状は、ある一定の高さ(具体的にはド#の音)までは全く正常に発声できるのに、それより高音を出そうとすると、急に喉の周りの筋肉がこわばったようになってしまい、それでも無理矢理発声しようとすると、まるでアヒルを潰したようなひどい声になってしまうというものだった(平常時僕のマックスはラの音)。

97年5月15日の朝から突然声が出なくなり、それから10日後に行われた静岡県富士市でのコンサートのリハーサルで、正に昨夜放送された拓郎氏のボイトレと同じ状況になった。

とても聴いてられないような悪声を何度も張り上げながら涙を流す僕に、現地でコンサートを企画してくれた実行委員の皆さんもスタッフもただ途方に暮れるばかりだった。

当時の僕は「目の見える人と唯一対等に渡り合えるのは歌だけだ!」なんて必死に喘いでたから、その歌を失ったという絶望感は、ほんとに死をも考えるほど辛いものだった。

昨夜の番組を見てると、肺癌からの復活を期して声を出してみたものの、思うように歌えなかった拓郎氏の苦しみが、まるで自分のことのように胸に押し寄せた。

それとともに、絶対に誰にも見せたくないと僕が思ってたそんな場面を、テレビ放映することを許可したこの大スターの度量にも驚かされた。

結局富士市でのコンサートは、トークの合間にCDを流すという、僕にとってはなんとも口惜しいものとなった。

しかしそれでも大きな拍手をくださる満員のお客様の思いが嬉しくて、僕はステージで思わずこんなことを言った。

「声が出るようになったら、真っ先にここに帰ってきます。
いつになるかは解りません。
ひょっとしたら一生実現しないかもしれません。
でも僕は皆さんに約束します。
もしも声が出るようになったら、今日ここに集まってくださった方全員をご招待して、ここの大ホールで自主コンサートを開きます。
それまでどうか、どうか僕のことを忘れずに待っていてください。
今日は本当にごめんなさい・・・・・。」

それから3ヶ月くらい経つと、ほんの少しずつ高音が出るようになり、1年後、約束のコンサートは実現した。

そしてこの『約束のコンサート』は、富士新聞の『今年の10大ニュース』の第7位にランキングされた。

振り返ると、スタッフにも家族にも大変な思いをさせてしまった1年だったけど、この時期に僕は掛け替えのないものを沢山得ることができた。

今思えば、状況を認め受け入れて肩の力が抜けたときから、目に見えて急激に回復していった。

魂の修行の場である人生で課される課題は、時にあまりにも苦しい。

だけどそれは生前自分が自分に課したプログラムなんだと思えば、それを甘んじて受け入れることができるし、心静かに受け入れられたとき、初めてその課題をクリアできることも少なくない。

「僕は初めて同年代の頑張ってる人達に心からエールを送る気持ちになったよ!」と笑う大歌手吉田拓郎氏が今明らかに感じているであろう内なる幸せに乾杯☆

なお、これは全く知らなくて驚いたことなんだけど、 静岡県富士市立吉原商業高等学校の送辞・答辞のページ の中の平成10年の答辞に、僕の富士市でのコンサートについての件が書かれています。

よかったら是非読んでみてください。


   『思い『の目次に戻ります    ご案内ページに戻ります