☆ 牛と馬と人間と ☆

薄曇りながら爽やかな風が吹く5月17日♪

レギュラー番組の取材で県西部の窪川町→四万十市方面に出かけた。

ディレクターのテルが別の取材でお世話になった窪川町の恒石知則(つねいし とものり)さんという青年を、どうしても僕に紹介&番組に出演してもらいたいということで、もうずいぶん前から計画していたことだった。

朝10時過ぎに軽四バンで迎えに来てくれたテルと一緒に一路窪川へ。

昼食を取るために立ち寄った道の駅から恒石さんに電話をし、迎えに来てくれた彼の車に乗った。

恒石さんは窪川町の七里(ななさと)という地区で「窪川牛」というブランド牛を肥育している。

「窪川牛」は窪川で育った牛というだけではそのブランド名を名乗ることはできず、肥育環境や飼料など、徹底的にこだわって育て上げてきた「ビーフキャトル」というグループによって肥育された牛だけがそれを名乗る資格を持つ。

恒石さんも所属するこの「ビーフキャトル」は、あくまでも「牛飼い」にこだわり、決して小売業はせず、肉の販売は「サニーマート」という高知県内最大のスーパーマーケットと独占販売契約を結び、生産流通経路を完全にガラス張りにしている。

彼の牛舎にお邪魔すると、そこはクラシック音楽と小鳥の声が流れ、真新しいおがくずの香りで満たされていて、自分の周りに250頭もの牛が居るとはとても思えないほど静かで穏やかな環境だった。

「牛も人間と同じでストレスが一番悪いんです。
 見てもらったら分かるけど牛達はみんな犬がそうするようにおなかを上にして寝っ転がってるでしょ!
 これが最高にリラックスした状態なんです。
 よほどの刺激を与えないと、も〜うなんて泣きませんよ!!」♪

ほんとに僕達人間も癒されそうなくらい素晴らしい空間だった(こらそこっ! 「そりゃぁ君も牛だから癒されたんだろ…」とか言わないっ!!)


30歳の恒石さんは、陶芸・酒造り・乗馬・サーフィンETC.と、とにかく多才&多趣味な人物で、自分が関わる全てに対し思いっきりこだわってて、それぞれについて、それはそれは熱く語る。

自分達が作った美味い米で酒を造ってみたいという思いからできた「呑みほうばい(ほうばいは朋輩、つまり仲間という意味)」という酒を自作のぐい飲みに注ぎ、自慢の窪川牛のたたきに添えて持てなしてくれた。

窪川町のある高南(こうなん)台地は、夏の最高気温が40℃近くに達し、冬の最低気温は氷点下10℃まで下がるなど、とにかく気温の年格差・日格差が大きく美味い米が穫れることでしられていて、その米から醸造された「呑みほうばい」は密かに人気が高まっているらしい。


ところで、昨日の取材の中で大きな柱の1つだったのが「堀内佳が乗馬に挑戦する」ということだった。

恒石さんは農業の専門学校を卒業後、アメリカ ネブラスカ州の牧場で1年間カウボーイの修行をした。

東京ドーム1万6千個ほどもある土地で4頭の馬を任されていて、それらを乗りこなして1万数千頭もの牛を追う!!

武勇伝も沢山話してくれたけど、とてもここには書ききれない!!

つまり乗馬にかけてはプロ中のプロなわけだ。

そんな彼がサーフィンでよく訪れるのが大方町から四万十市にかけて広がる白砂青松の美しい海岸。

この砂浜で、知人のところに来たばかりの白馬に乗ってみないかと誘われ、丁度彼が乗ってる最中に、その馬が心臓麻痺で死んでしまった。

乗馬中に馬が死ぬなんて初めての経験に、若い恒石さんは深く傷つき落ち込んだ。

そんな彼に、優しく声をかけた一人の男性がいた。

「環境の変化に馬が対応できんかっただけやけん… おまえが落ち込むことはないぞ… しかたがなかったがよ……」

大杉さんという50歳代のこの男性と恒石さんは、この出来事がきっかけで親しくお付き合いするようになったという。

大杉さんは会社経営の傍ら趣味で馬を飼っていて、美しい海岸線や自分の山を馬に乗ってゆっくり散策するのが大好きな自由人♪

彼の愛馬「ピッコロ」の穏やかで優しい性格と、何より大杉さんご自身の暖かい人柄に触れるにつけ、全盲で乗馬初体験の僕でもなんとかなると恒石さんが判断して紹介してくれた。

大杉さんは、まず僕に徹底的に馬を触らせて、その大きさや形を把握させた。

経験上、全盲の僕が馬などに乗ろうとすると、おそらく多くの場合、何人もの人が馬を抑え、僕の手足を持ったり体を持ち上げてとにかく鞍上に乗せようとするだろう。

それだと馬も緊張するし、僕の方も全体の中の自分の位置関係が理解できずに不安なまま馬にしがみついてる感じになるだろう。

ところが、視覚障害者に接したこともないこの大杉さんは、まず馬に触れさせることによって僕にその大きさや形を理解させると共に、極自然に馬と僕の信頼関係を築いた!!

理屈ではなく、それぞれの立場になって考えられる大杉さんの優しさと大きさこそが、この賢明な判断力を生むのだろう!!

おかげで僕は鐙に足をかけて軽く一人で馬にまたがることができた♪

波打ち際を歩く馬の背中で風を受けながら手綱を持つ僕を見たテルが、「青い海をバックに馬に乗る佳さんの姿は、今まで僕が観た中で最高のシャッターチャンスだったのに〜……」とカメラを持ってないことをしきりに悔やんだ。


「堀内さんはほんまに全然見えんが?
 柔らかい砂浜で大きゅうに揺れても全然バランスを崩さんし、浜へ降りるときの坂道での体重移動とか教えてなかったやろう……
 しかもマイクを持って手綱は片手だけで持って……!!
 初めてやと見える人でも両手で手綱を握りしめて固うなっちょうもんやに……」

馬を繋ぎながら、相変わらず穏やかでゆっくりした幡多弁で静かに驚きを表現してくれる大杉さん♪

そのとき、いきなりテルが「あっ佳さん!!」と声を出した。

突然僕に近付き鼻面を寄せた馬が、僕に噛みつくと思ったらしい!!

ところが……!!

乗る前は僕が触れただけで汗ばむほど緊張してたピッコロが、なんと自分から近付いてきて半袖シャツを着てる僕の腕を繰り返し繰り返しいつまでも嘗めた。

しばらく嘗めては離れ、また側に来て嘗め……♪

「おお、ピッコロか〜♪ 乗せてくれてほんまにありがとう♪ おまえも不安やったやろうに…」。

そう言いながら、愛おしくてかわいくて彼女の顔中をなで回す僕!!

「あーこれは馬の最大級の愛情表現やねえ!」

暖かい大杉さんの声に思わずウルウルしそうになった。

「わしの連絡先は恒石が知っちょうけん、こっちに帰ってきたらいつでも連絡したや。 今度は一人で乗れるようになるよ。 馬はちゃんと知っちょうけん危ない所へは行かんけんね!」♪

乗馬ができることもさることながら、この極めて魅力的な大杉さんとかわいいピッコロにまた逢えるかもしれないって思うと嬉しくてたまらない♪

テルのおかげで恒石さんに出会い、恒石さんのおかげで大杉さんやピッコロに出会え……!!

この世に生きる命同士が紡いでいく出会いの綾!!

その彩りの美しさや不可思議を精一杯感じ味わえる心を持ったことの幸せを、改めて噛みしめた。


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